ぱりんこの悩みと体験

誰よりも認めてほしかった母の突然の死。

なんで、ブログなんて書いているんだろう?

気がつけば、あの日から2週間経ったらしい。

母に認められたくて、安心させたくて、Webスキルをつけようと思った。

わたしはもう30歳なのに、正社員じゃないから。自立できてないから。迷惑ばかりかけているから。

新しく買ったMacBookのキーボードを叩いていると、横で母がのぞく。

「なんだかよくわからないけど、難しいことしてるんだねぇ、すごいねぇ」

嬉しかったけど、恥ずかしかったから、「そうでもないよ」と照れ笑いしただけだった。

IT業界は人手不足、これからはAIに仕事を奪われる時代…

Webデザイン、プログラミングスキルをつけて一発逆転をしようと思った。

転んでも転んでも、必ず自分の生きていく道を見つけようと思ってた。

それなのに、がんばってもがんばっても普通にはなれない。どんどん辛いことが起こる。

挙げ句の果てに母が死んだ。

一番認めてほしかった人なのに。

立派に独り立ちする姿、結婚して幸せになる姿、孫を抱かせること。何一つできなかった。

こんなに早く二度と会えなくなるとは夢にも思っていなくて、「また今度話せばいいや…」くらいな気持ちで飲み込んだ言葉がたくさんある。

優しくできず、ダメな自分への苛立ちから、やつあたりしてひどいこともたくさん言った。

わたしの喫茶店好きは母の影響で、モーニングやランチ、昭和な喫茶店によく連れて行ってもらった。お出かけすると、行き先よりもお母さんとお茶することが何よりも楽しみだった。

どこかいくと、すぐに「お茶しよう」という人だったね。ケーキセットが好きだったね。

最近は、なるべく家に居たくなくて、ほとんどひとりカフェだったけれど、それは母とお茶なんていつでもできると思っていたから。

もっともっと一緒に行きたい喫茶店がたくさんあったのに。

母の日記を見た。

たくさん苦しんで悩んでいた。

全然知らなかった。

いや、見て見ぬ振りをした。

なんで、わたしがやっと前に進もう!というときに、お母さんが具合が悪くなるの?と思っていた。

うっとおしく思うこともあった。

でも、まさか死ぬなんて思わなかった。

順番的にはわたしより先にお母さんが死ぬのは当たり前のことなのに、なぜかお母さんだけは、死なないと思っていた。

ほんとにバカだった。

もっと話を聴いてあげればよかった。

「どうせみんな死ぬ」

そう思って、やれることはやろうと思っていたけど、大事な人が死んだら、何もできない。何もしてあげられない。

結局、自分の将来のことだけ考えていたバチがあたったのだと思う。

ねぇ、お母さん、どこにいっちゃったの?なんでわたしを置いていくの?まだわたし何もできていないのに。幸せになるまで、見届けてほしかったのに。

なんでわたしは今生きてるの?

これからなんのために生きるの?

しばらくパソコンもネットも見る気が起きなかったけど、後悔ばかりで気が狂いそうだったので、ツイッターで今の気持ちをつぶやいてみた。

そしたら、「わたしも母との関係はよくないけれど、ぱりんこさんのつぶやきを見て、もっと優しくしなきゃなって思いました」ってメッセージがきたよ。

なんなの、それ、苦しいよ。

生きていたら、いくらだってできるじゃない。

たしかに役に立ってるのかもしれないけど、ちっとも嬉しくない。

励まそうとしてくれたのかもしれないけれど、みんなのお母さんは生きてるじゃない。ずるいずるい。そんなことしか思い浮かばない。

会いたい。

謝りたい。

抱きしめたい。