『私の居場所』は外にはなかった。転職を繰り返して気づいた、“自分の土台”の話
ずっと、どこに行っても、わたしの居場所はないと感じていた。
もっともっと、わたしの能力を発揮できる場所があるはずだ。
もっと特別なポジションがあるはずだ。
自分らしく生き生きと働ける場所があるはずだ。
そう思って、資格がある子ども関係の仕事をしていた。子どもたちからたくさん駆け寄って近寄ってもらって、周りからも「えりちゃんは人気ナンバーワンだね」って言われた。
だけど、わたしもどんどん年齢を重ねて、若いお姉さんポジションではなくなっていく。
新人の子が入ってくる。みずみずしい、若いお姉さんで、いっぱいになる。
そうすると人気はどんどん分散されていく。
あぁ、またわたしの居場所がなくなってしまった。
リーダーの人に気にかけてもらえるのも、新人なのは最初だけ。
どんどん年数を重ねれば重ねるほど、普通は居心地が良くなっていくかもしれないのに、いたまれないような気持ちになっていく。
だって、自分が未熟で、指導者みたいな振る舞いができないから。
わたしの場所はどこだろう?
もっともっとあるはずだって思ったけど、それは、「もっと自分だって普通にできるんだ!」って、「ポンコツじゃないんだ!」って、どこかで自分のダメさを受け入れきれずに、他者評価を求めていただけなのかもしれない。
「みんなに認めてもらえることが目的の、執着になってるように見える」って言われて、そうなのかもって思った。
じゃあ、自分の居場所を自分で作るって、どうやるんだろう??
心の中に土台というか安心というか、そういうものが育っていないからかもなぁ。でも、安心や特別を求めると、不安な現象がやってくる。
ここじゃない、ここじゃないってずっと思って、どこに転職しても、どんなに環境を変えても、不安は追いかけ回してくる。
まだ答えははっきり出てないけど、だけど、多分そうやって人からの評価を求めて自分を定めるようなことばかりしてても、一生フラフラ気持ちが定まらないし、落ち着かないんだと思う。
目の前のことに一喜一憂して、また自分の本来の目的を見失うんだと思う。
だから、これからは、自分自身の本音に耳を済ませて。本当にやりたいこと、心を込められること。
ずっとやってきたこと、続けようとか思わなくても、ついやってしまうことを大切に。
誰かに褒められることを第一目的とするんじゃなくて、その過程、自分自身がこれをやってる時は自分らしいこと。
誰が何と言おうと、今わたしは、この風にのって、この目的でこれをやっているんだって。
フラフラと、あっちの意見やこっちの意見に流されながらも。
いちいち「これをやる、選ぶ目的はなに?」と心に問いかけてすすんでいくこと。
自分の心の土台を、一つひとつ、自分で育てていきたいと思う。

