毎日日記

雨の日の弥彦神社の紅葉と、ほかほかおでん

2019.11.16

弥彦神社に紅葉を見に行った。

あいにくの雨だったけれど、濡れたもみじはキラキラと光って、地面はしっとりとしていて、それもまたよい、と思った。

あまりスピリチュアルなことは分からないけれど、弥彦神社に行くと息ができる。木々に癒される。なぜだかとても、気持ちがいい。

 

 

前回のHSP会で、神社がすきだという方、何か嫌なことがあった時に必ず行くお寺がある、という方がいた。

 

みんなそれぞれに自分だけの隠れ家、《マイ・寺社仏閣》を持っていることを知った。

 

 

わたしにとっては、それが弥彦神社なのかもしれない。
(あまりにもメジャーすぎて隠れ家感はないのだけど)

 

 

*  *  *

 

 

Twitterで拡散されて印象深かった新聞の記事の中に、【人生の最後には、手に入れたものではなく、与えたものが残る】というはなしがあった。

 

 

 

地位とか名誉とか、コレクションしたものは肉体と共になくなるけれど、人に与えたものは、相手の心に残って語り継がれていく。おもいは、なくならない。

 

*  *  *

 

弥彦神社に行く時は大抵たまちゃん(HSP仲間)と一緒だ。彼女と行くと、弥彦神社の気が、ますますパワーアップする感じがする。

 

 

わたしは、昔から木を眺めるのがすきだ。木の幹の太さとか芯のある感じ。葉っぱの色の微妙なグラデーション。そういうものをじっと眺めるのがすきだ。

 

たまちゃんも、また、そこらへんの草やお花を写真におさめて味わっている。同じような感性だから、待たせて申し訳ない、という罪悪感が少なくて気が楽だ。

 

 

弥彦神社でお参りした後に食べる、おでんのおいしさもたまちゃんが教えてくれたものだった。

弥彦神社前のお店で毎回食べるおでんセット

 

 

今日はたまちゃんが、とても悩み、落ち込んでいた。

わたしは、いつもたまちゃんに話を聴いてもらって救われている。だから、今日はたまちゃんが気持ちを吐き出せるといいな、と思った。久しぶりに運転をしながら、たまちゃんの話を聴いた。

 

 

たまちゃんは、ずっと、「楽しい時間なのに、こんな暗い話してごめん」と言っていた。

 

 

わたしは、当たり障りのない雑談や意味がないような上辺だけの会話をするより、じっくり深く話せてうれしいこと、自分はいつもたまちゃんに与えてもらっているから大丈夫だ、というようなことを伝えた。

 

 

帰り際のたまちゃんは、にっこり笑って
『気持ちのいい時間をありがとう。また明日から生きるパワーをもらったよ。』と言った。

 

 

わたしは、彼女に何かを与えられたのだろうか?

 

 

ひとり静かな部屋で、とても楽しかったはずなのにぐったりとした身体を休めながら、そんなことを考えている。

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